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「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」
「ふうん。ひどい奴だねえ」
――彼は医者である。免状もある。開業もした。患者もどうにかつきはじめた。職業的には立派に医者としての条件を具へつゝある。だが、河原町ではそんなことは通用しないのだ。何か別のものが、職業上の条件以上のものがここでは必要だつた。
診察室に出てみると、三十歳前後の一見して重症の貧血だと判る農夫が待つていた。房一にはその男が近在のどこの部落の者だか心覚えがなかつた。開業してから七八人目の患者だつたが、これまでのは町内の者が半ばお義理から、半ば好奇心から房一の診察をうけに来たのにすぎないので、この男のやうに見覚えがなく又相当重症の患者にぶつかるのは今がはじめてだつた。
「何でもいゝから早くしてくれ。路をまちがへて大廻りしちやつたんだ」
「さうですか」
房一は話を変へた。
「おつ」
「どうしたい、君はその恰好をまだ見せたい気かい」
男はまだ立つて、あの話を持ちかける構へといつた風を持していた。
そして、少し横手に身をひきながら、しげしげと房一を眺めた。感慨無量、と云つた態ていであつた。
「さあね、もうかれこれ二十年にもなるだらうかね」
だが、房一はそれを感ずれば感ずるほど、何かしら云ひがたい不安を覚えた。それは、病症の不明な患者に対するときに間々あるやうな技術的な不安ともちがつていた。一種肉体的な恐怖、とでも云ふやうなものだつた。